水道議会研修報告
1 期 日
平成27年10月14日(水)〜16日(金)
2 時 程
14日 越谷・松伏水道企業団
15日 富山市上下水道局水道企業経営と防災対策について
金沢市企業局(末浄水場)
16日 移動
3 参加者
水道企業団議員阿倍議長以下 13名
〃 職員議会事務局長以下 4名 計17名
4 視察の概要
(1)越谷・松伏水道企業団
越谷・松伏水道企業団は、越谷市と松伏町の水道事業を行っている特別地方公共団体で、昭和4 4 年(19 6 9 年)4月に設立された。
人口365,200人 給水人口365,155人
10㎥あたり950円(石巻地区1,230円)
あらかじめ質問事項として提出していた以下について説明を受けた。
ア 水道事業経営について
・ 口座制の推進
26年度口座件数78.7%
・ 未納者対策
年3回の郵送による特別催促
26年度不能欠損額 24,117,736円
・収納率向上策
・資金運用
・小水力発電
埼玉県の浄水場から受水余剰圧力を利用し、水力発電を設置。
効果として、26年度削減効果11,695,346円(約32%)
売電金額 2,010,239円
・人件費の削減
26年度 105人(石巻126人)
イ 防災対策
危機管理計画について説明を受ける。
・災害時の応急給水方針
・目標水量
・備蓄資材
・耐震型緊急用貯水槽
・災害用ペットボトル水の購入 1本75円
(2)富山市上下水道局
人口418,979人、 水道企業約95億円
水道料金10㎥あたり1080円、職員数90人
ア 水について
昭和60年には厚生省(現在の厚生労働省)の諮問機関【おいしい水研究会】はおいしい水道水の水質要件として7つの項目を選んでいる。
水の味をおいしくする要件として適度のミネラル分(蒸発残留物、硬度)や炭酸ガス(遊離炭酸)が含まれていること。
水の味を悪くする要件として有機物(過マンガン酸カリウム消費量)、臭気度そして残留塩素が少ないこと。
水道水は必ず塩素消毒を施す必要があるため塩素臭が感じられることがありますが、浄水場では注入量を安全確保する必要最小限に留めている。
市の水道水がおいしいのは、次の3つの理由が挙げられる。
1. 源流が北アルプスの雪解け水で、真夏でも冷たい。
2 .立山山麓のブナ等の自然林が緑のダムになっているので、清浄かつ豊富な水が蓄えられている。
3. 急峻な地形を流れ下る水は、充分な酸素と、適量のミネラル分を含んでいる
「とやまの水」は国際的な品質コンクールである、モンドセレクションにおいて、2013年度、2014年度、2015年度と3年連続で最高金賞を受賞した。
イ 経営状況
主な取り組み
・民間委託への拡大
・組織の見直し
・財政基盤の強化(人員の削減と超過勤務時間の削減)
ウ 防災対策
対策1 水道施設の耐震化
対策2 減災対策(事業継続計画の策定)、 資機材の備蓄等
(3)金沢市企業局(末浄水場)
1930年(昭和5年)に開設し、1932年(昭和7年)に完成した金沢市営の浄水場で、緩速濾過方式を採用した施設である。犀川中流部の金沢市寺津町(旧石川郡犀川村字寺津)を源とする寺津用水が水源となっている。
ろ過池などの開設当初の設備が現在でも使用されており、1985年(昭和60年)5月27日に近代水道百選、2001年(平成13年)8月28日には登録有形文化財の指定を受けている。
また、浄水場内には1932年に設けられた庭園(末浄水場園地)があり、前庭には泉水や噴水施設などから構成されている。開設当初の近代的な造園技術を取り入れており、これが芸術上の価値が高いものとして、2010年(平成22年)2月22日に水道施設としては初めて名勝の指定を受けた。
開設当初は、日量19,500m3の浄水能力であったが、金沢市の人口増加に合わせてこれまで5回の拡張工事を実施。2011年現在は、日量105,000m3の浄水能力を有している。また、1971年(昭和46年)に第三次拡張工事が終了してからは急速濾過方式も採用している。
同施設では、小水力発電(直径60センチのちゅう鉄管で取水井:犀川ダム支流から浄水場までの約2㎞を導水管で結んでいる)も行っており施設内電力の30%を補っている。年間約165トンのCO2の削減に寄与している。
5 視察間の散歩
視察間の2日間早起きし、観光巡りをかねました。
(1)富山市
朝5時50分起床。
富山城
佐々成政や富山藩主前田家の居城であった富山城。この城跡が富山城址公園として整備され、市民の憩いの場となっています。公園内に残る石垣や濠から当時の威容を見ることができます。また、富山城内は郷土博物館として、400年以上にわたる富山城の歴史を、模型や映像も使いながら分かりやすく紹介しています。
(2)金沢市
5時30分起床
兼六園は食事の後斗考え反対方向の寺の集中している町並みを見ながら約1時間散歩。
散策していると朝日が上がり、妙立寺(忍者寺) (みょうりゅうじ (にんじゃでら))に偶然当たりました。 金沢城の祈願所、出城の役目を持ち、さまざまな仕掛けがあります。落し穴、隠し部屋、階段が随所にあり、迷路状になっているという。
途中、犀川大橋を通る。
車道は4車線(片側2車線)あり、橋の両側には歩道が設けられている。国道157号(国道305号重複)に指定されており、金沢市中心部と同市南部を結んでいる。
車道上部の梁には橋名板が掛けられている。これは現在の犀川大橋が完成した1924年(大正13年)当時石川県知事であった長谷川久一が記した物である。
犀川大橋の完成当時は鋼材が関東大震災の影響もあり入手し難く、英国産を一部使用している(橋脚鋼材の銘板には原産地であるMiddlesbroughという文字が見受けられる)。
食事後、出発まで時間があったので徒歩で兼六園と金沢城祉を散策しました。
約1時間30分の散歩でした。
ともに65才以上は無料でした。
◎兼六園
江戸時代の回遊林泉式庭園の特徴を今日に残す代表的庭園で、水戸の偕楽園、岡山の後楽園とともに日本の三名園と称されている。
築庭は1676(延宝3)年加賀5代藩主綱紀に始まり、約180年を費やしました。宏大、幽邃、人力、蒼古、水泉、眺望の六勝を兼ね備えるという意味から命名された。
ことじ灯籠、雁行橋、霞ヶ池など見どころが多数あります。
此処まで急いで10分。
真弓坂口で保険証を出し無料で入園。時雨定、花見橋、ことじ灯籠、霞ヶ池
夕顔亭をみて蓮池門口をでて金沢城公園石川門から城跡に入る。
◎金沢城
三の丸公園から橋爪橋を渡り三十間長屋を見て、玉泉院丸口から外に出た。
この間1時間10分でした。
この城、天文15(1546)年に創建された金沢御堂は、地元の大坊主衆や本願寺の坊官たちが取り仕切っていました。
この金沢御堂を制圧し入城したのが佐久間盛政でした。佐久間は、天正8〜11(1580〜83)年の在城でしたが、尾山八町(初期の城下町)の整備や百間堀の開削など、後の基礎を築いたと考えられています。
佐久間の後、前田利家が能登から金沢城に入りました。
城の周辺の道路は少しずつ色づいていました。