一歩前進−05 5 航空学生基本課程

 昭和38年3月15日、九州芦屋基地幹部候補生学校芦屋訓練隊に「航空学生第19期生」として入校した。
 空にあこがれ意気揚々と若き少年が全国から集まった。中には、大学入試に失敗した者、大学に合格しながら空にあこがれ門をくぐった者、防大の合格通知をまつもの、一浪したもの、高校で勉強がいやになり遊び気分できた者など千差万別の変わり種(後に知ったが、これらのほとんどは中学までは、クラスで1・2番の者が多く、高校ではあまりにも青春をおうかした者が多かった。)総勢126名、いずれにしても自衛隊の柵の中で未来の夢を叶えるべく胸ふくらませていた。
 即日、身体検査が行われ28名が不合格となり自衛隊をさり、2〜3日の後防大格通知をもらった2名が去り、結局、数日後の入校式に参加したのは、94名であった。
 課程中の訓練内容は、後に述べるとして15ヵ月後の卒業式を迎えることが出来たのは、86名、そのうち適正飛行に合格した者40名が次の課程である奈良基地幹部候補生学校の英語課程に進んだのである。残念ながら適正のなかった同期達は、一部はそのまま自衛隊に残り他の職種に進み活躍した者、ある者は、自衛隊をさり大学に進学した者、就職した者とそれぞれの道で活躍するようになる。
 自衛隊を去った多くの同期達は、今、各企業等の戦士として活躍した居る。
 5年を一区切りとして、同期生会を続けているが自衛官で残った者は定年と同時に人生の一区切りを迎えたのに比べ、夢半ばで新たな道に進んだ同期生達は、まだまだ余力を残しての活躍が目立つ今日である。
 同期生会には自衛隊に残った者よりも、他の道に進んだ者達の参加が多いがこれも「空」に青春をかけた者と「夢」を果たせず次に得た人生の「目標」に青春をかけた男達の永遠に続く真の友情の証しといえる。
 これも、きっと航空事故で殉職したものが居ない唯一の期としての誇りかもしれない。