一歩前進-16 空中接触・ベイルアウト

16と17が入れ替わってしまいました。
 T-1での出来事は沢山在りますのでそのうち書きたいと思います。

 T−1初等練習機による訓練飛行中の出来事である。
 英語課程を一足先に卒業した同期生が編隊飛行中、空中接触し一名がベイルアウト(緊急脱出)した。
 長機は、前席学生/後席教官、2番機学生単独。
 空中集合の課目実施中の事故であった。編隊を解散し、再集合のため僚機が長機に集合している際、速度・接近率・角度・高度差等のコントロールを調整できず翼同志が接触、僚機学生は、ベイルアウトした。
 この時、ベイルアウトした学生は、自動開傘装置作動のための手順不履行のため開傘することなく自由落下してしまった。
 高度約15000フィート付近から5000フィート付近まで自由落下したところで自分で開傘し、玄海灘に着水した。少々の打ち身で無事生還同期で生還祝いをしたものである。
 此処で問題。・・・・この時代のジェット戦闘機等は、搭乗の際、落下傘の自動開傘装置の0リングなるモノを座席ベルトに通しておくとベイルアウト後硬度14000フイートで自動的に開傘するようになっていた。彼が自分で落下傘を開いたのは(開かざるを得なかった)手順ミスで座席ベルトに0リングを就けていなかった考えられる。
 接触された長機は、「緊急状態」を宣言し、無事着陸した。

     
 (T−1型機 全席小生、後席同期の大坪・・・横田基地:展示のため搬入・・・事故機と関係なし) 
 
 しかし、この航空機、空力重心変化と航空機のねじれのため二度と空を飛ぶことなく展示機として今もどこかの基地で活躍している。
 ベイルアウトした学生は、その後F86のBIパイロットとして活躍し、10年程前家庭の理由により退官元気に過ごしている。
 また、無事着陸した学生は、数年後美保基地における展示飛行中発生した航空事故(4機で雲中飛行中、3機は山に激突3人殉職するも1人生還)にも遭遇するが無事着陸、同期の事故と安全を一身に受けることになる。
 後に彼は、長期間教官として活躍したが平成10年7月肺ガンの為現役のままこの世を去った。
 同期生の最初の殉職者である。この二人、北海道出身である。(北見高校、札幌南高校)